■障害児を育てている自分が思うあれこれ
知的障害者の搭乗拒否について
そしてその後の関連続投記事。飛行機関連の話題とアレコレ
[by S嬢 はてな]
俺のとこの読者さんからもこの記事に関して、自分の身内や知人の体験をコメントで寄せて貰ったりして、改めて色々と考えさせられるものがあった。
S嬢さんのブログを知ったのは結構前。
俺はあまり自分の子の障害に関連したブログを読み歩くことがなかったんで、唯一、障害児を抱える親のブログとしてブックマークしてたところだ。
昔からの俺の読者さんたちには判ってることだろうが、俺はぼーずの話はちょこまか書いてきても、ぼーずの障害がどういうもので、今はどういう現状であるか、ということは詳細には書いてきてない。
自分のエロ話も書いてるブログ活動でリアルバレするのを怖れていたのもあるが、俺自身、障害児を抱えた親としてどれほどの努力をしてきているのか、それを人に話すほどのものなのか、という想いもあった。
自分が障害児の親でなければ躊躇うことなく発言出来たかもしれないという自分の考えも、実際に障害児を抱えていると言い辛いこともある。
前回の俺の記事でリンクを貼らせて貰った「弱者からの気配りも必要では」という記事を初めて読んだのは、このブロガが更新した直後のほやほやの時。
その時この記事を読んだ自分に湧いたその感想(感情か)をどう言葉に出来るのか、自分の文章力に自信はなかったが、何か言いたくなるよな衝動に駆られた。
この時期俺は丁度ブログを辞めていたので、自分の考えを表に出す場所がなかった。
でも未だこの記事が自分の中にしこりのように残っているというのは、自分にとってこの記事は流せないものだったのだろう。
俺の考えに異論や批判もあるだろうということを踏まえて、それでも率直に言ってみるならば、俺はこの記事を読んだ時、やるせない怒りが湧いた。
その怒りは、障害児を抱える親としての自分自身の事情から湧く怒りばかりではなかった。
障害児の子を持ってみて、俺は他の障害児を抱える親と何人も接点を持つようになった。
そこで知り合う親たちと色んな話をして、綺麗事や正論で済まない複雑な悩みや苦しみを抱え、そういうものが健常の子しか持たない親、または障害者と縁のない健常者には理解され難いものだろうという諦めや苦しさ、というものに少しは触れることが出来た。
だが実際に奇声をあげ他人に迷惑をかけている障害児を抱える自分にどれほどその叫びが出来るのか。
俺の自信のなさは、自分自身が社会に迷惑をかけている側にいる、という疚しさに在る。
もし自分に障害児がいなければ、そんなことで疚しさを感じる必要はない、という考えも堂々主張出来るのだが、自分自身のこととなると毅然としていいラインの基準が見えなくなる。
これなんだよ。
当事者にはなかなか言えないことがある。
当事者が言えば、逆ギレにしか取られない懸念もある。
怒りの後に、胸がよじれるよな巧く言葉に出来ない感情に襲われた。
泣きたくなる時のような衝動にも似てるし、ひきこもってしまいたくなる弱気も混じってるよなそんな感覚。
>同じような光景は、デパートの物産展でも目にする。最も混雑する初日に、車椅子の人やベビーカーで子供を連れてくる母親がいる。絶対に初日でなければならない、ということも無いだろうし、混雑するのは判っているハズで、互いに危険でもある。日にちや時間をずらせば空いているのに「お構いなし」である。とくに、乳幼児の場合はベビーカーではなく「おぶい紐」「抱っこ紐」で来るとか、子供の安全の為にも工夫すべきなのだが、何も考えていない。と言うより、「自分が楽をする」ことしか頭にない。
>私がもし車椅子で生活していたなら、初日の物産展には行かないし、街に出る時には比較的人通りの少ない時間帯を選ぶ。小さな子供を連れて外出するなら状況に応じてベビーカーとおぶい紐を使い分ける。奇声をあげる障害を持っている人の親なら、お店の人に事前に声を掛けたり他の客にも配慮する。
[by 弱者からの気配りも必要では@悪徳不動産屋の独り言]
車椅子に乗っていなければ、初日の物産展に行くことに何の躊躇いも気遣いも要らないのだろうか。
車椅子に乗っていなければ、街に出る時、人が多かろうが好きな時間帯に出かけることが可能である、ということなのだろうか。
車椅子に乗っていると好きなように行動することに気遣わなければならないのか何故なのか。
それは何に対して気遣うものなのか。
健常者の快適を守る為に、なのか。
では、車椅子に乗らない人は、車椅子に乗っている人の快適の為に気遣う必要はないのか。
いくらでも自由に行動が出来る健常者には気侭に自由に行動するのが難しい障害者よりも色々な選択がある。
どうしても不快だと思うならば、不快に感じた車椅子の人がいる場所や時間帯を避ける選択も取れる。
邪魔だなぁと感じる人を避ける知恵や体力や選択肢もある。
それを使うことは健常者にとってとても生き辛いことなのか。
と思うこの考えが正しいものとも思っていない。
迷惑がかかる人が実際にいるならば、障害の有無を問わず、他人に迷惑をかけないように考えることが社会で他人と共存するには大切なことだろう。
でも混雑する物産展で迷惑をかけている方は車椅子利用者の側なのか。
車椅子利用者にとって前を塞ぐ人たちを迷惑に感じることもあるだろう。
それはおかしいことなのか。
「迷惑だから車椅子の奴は初日は避けたらどうだろうか」という考えに従えば、車椅子を利用する人は常に車椅子を使わない健常者の快適の為に行動を制限することになる。
その時に、車椅子に乗っている人たちが何も感じないと思うのだろうか。
貴方たちが不快をあらわにすることで、不快をあらわにされた側は傷つくこともある。
そんなことは想像されないのかなぁ。
何故、車椅子利用者と自分の足で歩ける人を「迷惑かける側」「迷惑かけられる側」に分けてしまうのだろう。
それを必要としてる人にとっては車椅子は「足」なのに。
ここが俺の頭の中でモヤモヤした点だ。
◆
俺は、健常者と障害者と違う生き物だと思っていない。
人は皆平等、という信念を語りたいわけでもなくさ。
人間でなくてもどんな命も、100生まれる命の中にいくつかは健常でない形で生まれてくるものがあると言う。
前にもそんなことを書いたが、健常でない形で生まれてきた命が「ハズレ」なわけではない。
健常で生まれてきた命が「アタリ」なわけでもない。
アタリ・ハズレではない。
割合の問題。
大体は健常で生まれてくるが、その中の僅かな命は何かしらの障害を負って生まれてくる。
そういうものなんだろうなぁと俺は捉えている。
だからこの地球上で、健常者がわらわら生まれてくるのと同時に、それよりは数少ない障害者も生まれてくる、というのは「異常」なことではなく「自然」なことだ。
この社会は健常者の感覚で作られるものが多いから、その通りに出来ない障害者は色んな困難を伴う。
障害者が相当の努力をしても尚、なかなか達することの出来ない規準に健常者が「こっちに合わせろ」というばかりでは障害者は生き辛い社会になる。
俺は人間にある知能の高さは、自然淘汰されてしまうよな自力で生きていける力の弱い命も生かす支えを持てる力にもなると思っている。
今の日本は、子供の頃から障害児と健常児を分けて育てるよなところがある。
保育園の頃、俺のぼーずは女の子からモテモテだった。
身辺自立が烈しく遅れていたが、そういうところで女の子たちのおしゃまな母性本能をくすぐるのか、登園すると何人もの女の子たちがぼーずの手をひいて色々と世話してくれた。
「ちゃんと○○ちゃん(←ぼーず)は牛乳瓶を洗えたよ!」
「○○ちゃんの着替えを手伝ったよ!」
俺がぼーずを迎えに行くと同じクラスの女の子たちが色々と報告してくれる。
男の子たちも全然ルールを理解しないぼーずをサッカーの仲間に入れてくれ、「こうやるんだよ」「こうしろ!」とあれこれ教えてくれたもんだ。
だが小学校に上がってから、他の子と歴然となっていく差は、子供たちの意識の中でも大きなものになっていったのか、少しずつ仲間はずれにされ、苛められ、学力だけでなく普通学級の中になじめない状態になっていった。
何も判ってないように見えても苛められればぼーずも傷はつく。
だがやり返す知能はない。
それを躱す知恵もない。
だから嫌だ嫌だと思っているのに自分を苛める子たちの中から逃げ出すことが出来ない。
ぼーずの心が壊れちまう限界を感じて、普通学級に通わせることを諦めた。
これは悪いことばかりではない。
ぼーずの特性を汲んでくれ、ぼーずの成長の力を最大限に引き伸ばしてくれる専門の先生たちが揃う環境の中でぼーずは大きく成長出来たと思う。
だがこうやって保育園の時はどんな子も一緒くたで過ごせた環境が、子供の成長につれ、それぞれ違う場所で学んでいくことになる。
障害児との接点の記憶も薄れ、自分の身近に健常児しかいない環境で育てば、社会に出てから出逢う障害者に戸惑いを烈しく持つこともあるだろう。
奇声をあげる障害者に「迷惑だ!」と憤る時、その人の中には得体の知れない者に対する恐怖が湧いてることもあるのだろうとも思う。
まだ5歳ぐらいのぼーずが外でどんなにパニック起こしても、「あ〜我侭盛りのやんちゃな子だな」としか見られんかもしれんが、これがぼーずが中年になって誰の目からも「おっさん」で、それが同じように地面でバタバタ暴れてひっくり返って声変わりもしたおっさんの野太い唸りをあげていたら、そんなもん見かけた人は誰でも先ずは恐怖のような感覚が湧くものだと思う。
でも俺のぼーずは30になっても40になってもそんなパニックを起こすかもしれんのだ。
そしてそんなことをするのは俺のぼーずの問題だけではない。
俺の躾だの療育がなってない、という非を突かれるだけで片付く話でもない。
そういうことをやらかしてしまう人もいる。
そこに理解が少しでもあれば、道端でパニック起こしてる人を見かけても、過剰になじる目を向ける人も減るだろうし、介助している付き添いの人間もパニックを起こしてる本人をなだめることに集中して、周りにビクビクしなくても済む。
周りにビクビクしないで済むだけで障害者を介助する人たちの気持ちはかなり楽になる。
中にはモンペのように、開き直って他人への迷惑を屁とも思わない人もいるだろうが、そういう人ばかりでなく、常識のある障害者の家族も多くいる。
そういう常識のある人たちにとっても、小さくなっていないといけないよな負い目を感じる風潮が今まだ強いのも事実だ。
◆
この理解をどう広められるのか。
それが難しいんだろうなぁとも思う。
車椅子利用者は物産展の初日は遠慮するような気配りも必要である、という意見に対して、それは違う、という反論めいた想いが湧く。
だが俺にはそこを巧く反論の言葉として掲げられない。
そんな気配りが弱者側だけに要求されない社会が、本当の平等社会ではないのか、とも思う。
◆
>障害基礎年金とか自立支援法の使い方とか、そういうこと、わかっていることはちゃんと話していくよ。アンタが実際どうのってことではなくて、ちぃちゃんに対して動く福祉の制度に対して、動かし方利用の仕方ってのの線を引いていかなくちゃいけないと思う。それと。プッシュの仕方とかってのも必要になっていくときもあるんだろう
[by 息子に話す@S嬢 はてな]
障害基礎年金のことも自立支援法のことも碌にまだ判ってなかった俺が、今年から少しずつぼーずが学校を出た後の将来に向けた動きを考えるようになった。
まだ中学だぜ、と思っていたが、学校の先生からそんな呑気なこと言ってちゃ駄目だとせっつかれたせいもある。
先日、とある福祉施設の施設長という人と地元役所の福祉課の人と話す機会があった。
その時にこの自立支援法で施設の運営も色々と変わっていくことになるっつーことと、自分の子が利用する福祉制度を少しでも有利なものにする為に親自身が政治的に関係機関に積極的に働きかけていかなければいけない、ということを諭された。
「え。親がいちいちそんな交渉もせにゃならんのか」と正直俺は驚いた。
この日本で俺の子がものすごーく稀少な障害児、というわけでもない。
俺の地元にも当然、少なくない人数の障害者がいる。
昨日今日突然この日本に障害児が湧いたわけでもない。
それでいて、親個人がいちいち自分の子の為に政治的に働きかけにゃならんのか、という事実に単純に驚いた。
俺の子が有利になったとして、それで済む話ではないだろう。
そんな政治的な働きかけまでやる余裕もない家族だっているだろう。
俺は姪っこを実の娘のように育ててきたから、障害児でない子の子育ても少しは知っている。
姪っこにも色々とぶつかる問題があり、そのことは俺にも困難だったものもあったが、それでもいずれは親の手を離れ自立していく子だ。
もう高校生にもなった姪っこに対して、これからは親が何もかもすることよりも、この先少しずつ親の手を離していくことを考える必要がある。
それはそれでまた親としては心配は尽きないのだが、でも子離れすれば楽にはなる。
だが障害児はそういうわけにはいかんもんなぁ。
オムツを取る前から他の子と違う我が子の状態に慌てふためき、それであちこち医療機関を廻り、あらゆる育児雑誌を読んで知識を詰め込み、あの頃の育児は決して楽しみながらではなかった。
超多動の息子は他の子と一緒に遊ぶことも出来ず、椅子に座って飯を喰うという躾だけで俺は自分が飯も碌に喰えずに痩せ衰えて死むと思うほど半狂乱で躾け、何度となく「俺にはこの子を育てるのは無理だ」と声あげて泣いたもんだ。
保育園も最初のところは退園になり(orz)、ぼーずを受け入れてくれる園を見つけるまで役所に通いつめ、自分の仕事どころじゃない。
小学校に上がればしょっちゅう教室を脱走して、そのたびに職場に電話が来て、俺は半狂乱ですっ飛んで帰って探し廻る。
地元の人たちにもどんだけぼーず捜索で迷惑をかけたことか。
すんなりとそのまま進級していけるわけでもなく、ぼーずをどういう環境で学ばせたらいいのか、小学校の間で考える羽目になる。
集団登下校でなんとか親の付き添い無しで学校に行けるようになったが、ある日下校時に轢き逃げにあった。
本人は大した怪我もなかったのでこれだけが幸いだったが、事故を目撃した大人が警察にも学校にも保護者にも届けてくれず(連絡先のカードをランドセルに括りつけていたのに)、これでもう大人の付き添い無しの登下校は無理だということで、ボランティアを探すことになった。
何才になっても手がかかる。
未だ独りで外には出せない。
家の中でも長い時間目を離してるととんでもない事態を引き起こしてくれたりする。
病院も近所の小児科や歯医者でいい、というわけにもいかない。
これから学校を出ても進路を自分で決められるわけでないから親が決めてやらなくちゃならん。
その時になっても身辺自立が完全に出来るわけではない。
ぼーずがいる限り俺は先に死ねない。
自分が死んだ後のこと考えると大袈裟でなく怖くて怖くてたまらなくなる。
自分が死ぬことにはなんも恐怖はないのだが、その後に遺すぼーずのことを考えると叫びだしたくなるぐらいの恐怖に襲われる。
これはうちの事情だけではない。
他の障害者の親の話を聞いても、みんなどこも同じような悩みや不安を抱えて精一杯に生きてる。
子供に愛情がなかったら楽だっただろうなぁとも思う。
でも息子に対する愛情を捨てられない・捨てたくない自分がいて、大した親でもないけれどもなんとかこの社会で息子が生きていけるようにしようともがいてきてる。
某掲示板なんかで時々障害者バッシング的な意見を見かける。
障害者は手当てを貰って恵まれている、という意見もちょこちょこ見かける。
こういうのも誤解だなぁと思う。
俺は自分の子と違う障害者がどういう助成を受けているのかきちんと把握しているわけではないが、等級によっても手当てと呼ばれるよな金の支給額は違う。
障害が重ければそれだけ利用出来る福祉制度も手厚いかもしれんが、そういう家庭はその分凄まじい苦労も負ってるもんだ。
24時間要介護な状態であれば、介助してる家族はそうそう自由に出歩けなかったりさ。
俺の知人の自閉症の子の場合は、色々とこだわりが強く、昼間でも家中の電気を点けてないとパニック起こすらしく、この無駄にかかる電気代がたまらんとぼやいてた。
バスや電車に乗れなければ移動するのにタクシーやマイカーとなって、金が余計にかかる。
自転車や徒歩は無理な場合も少なくないんだしさ。
細かいとこで日常の中でその障害故に金のかかるものは色々とある。
手当てがあるから恵まれている、っつーよなウホウホな障害者家庭は俺の知り合いにはいないな。
うちも見た目が明らかに知的障害児と周りに判るようになって近所のおばちゃんから「でも障害者はなんでもタダなんでしょ。手当ても結構出るんでしょ」というよなことを悪気もなく羨ましがられたこともある。
こういうことでも、障害者の現状を知らない人たちに誤解されてるなぁと感じることがある。
◆
でも現実はそういう社会で俺もぼーずも生きていかなくちゃならん。
色んな立場の人たちが掲げる色んな理想論があり、それは立場の違いによってなかなか噛みあわないものもあるだろう。
理不尽だと感じるものもある。
ふざけるな、と叫び返したくなることもある。
申し訳ないと消えてしまいたくなることもある。
こんな非力な親を持った我が子が可哀相だと自己憐憫に陥りたくなることもある。
自分にとって生き易い世界でなくても、死ぬまでは生きていかにゃならん。
その中で親として出来ることは、不条理だと思う世界であっても、そこで障害児の息子が他人の力も借りながら少しでも幸せに生きていけるように息子の居場所を作り上げていくことなんだろう。
◆
俺が好きなクレしんで、しんちゃんの親父のひろしの台詞に、
「一人で大きくなった気でいるやつは大きくなる資格はない」
っつーのがある。
障害児として産まれなくても、誰もが奇声をあげたり感情のセルフコントロールが出来なかったり身辺自立も無理でマナーやルールも理解出来ず、自力で生きていけなかった「赤ん坊」の時期を通ってきてる。
その頃に誰にも迷惑をかけずにいたわけではないだろう。
誰かにとって赤ん坊の自分の存在が不快だったこともあるだろう。
人の手を借り、人を振り回し、そういう人たちに囲まれて大きくなる。
自分が今こうやって大人になったというのは、自分の命を殺さず生きることを容認してくれた器があったからだ。
それは親の愛であったり、他人の優しさであったり、社会の寛容性であったり。
まぁ運なんかもあるだろうが。
そうやって人の力を得て大人なった自分が子供を持って、今度は自分が他の命を受け入れる器を支える側に立つんだなぁと思う。
何にも出来なかった赤ん坊も大人になると何かが出来るようになる。
自分のことしか考えてないよな俺にこういう手のかかる障害児が産まれてきたってのは、いつまでも赤ん坊のまんまでいるな、っつーことなんだろう。
大人になって他の命が生きていける器を支える側に廻れ、ということなんだろう。
◆
エロバナまで書いてるよな品性のないブログでこういうことを真面目に書くのもどうかと思ったが(w)、この記事は俺の中の3番目の人格が書いたことにしよう。。

2008-09-08(Mon) 06:00| 雑記| トラックバック(-)| コメント(-)














